心理障害
| 家庭環境に恵まれず、家族に嫌われて、仕事も転々としました。自殺を考えたり、ナイフを体に突き刺したりしています。幸せそうな家族を見ると涙が出てきます。 |
私達は幼少期に両親や家庭の大きな影響を受けて育ちます。そして大人になってからは、無意識から湧き上がってくる幼少期の影響によって、自分自身の行動を発生してゆきます。ナイフを身体に突き刺すという自傷行為も、その1つだといわれています。しかし人間には同時に、無意識の影響を乗り越えて、自分の意志を実現してゆく自由も与えられています。あなたの生きる目的は、自由の力で家庭の影響を乗り越えて、本当の自分自身を実現してゆくことではないでしょうか。そうすれば自分が親になったとき、自分の子供には悲しい思いをさせないで、涙が出るように幸せな家庭を築いてあげられるようになると思います。あなたの人生の勝利、つまり生きてゆく意味は、そこにあると思います。
| 横暴な母親で不機嫌になると私を無視してきました。それまで私は母親の言いなりに生きてきたのですが、成人してから家出同然で家を出ました。母は私の結婚式にも来ませんでした。それでも母が気になって夢でうなされます。 |
一般的に自分勝手で横暴な親に育てられた子供は、自分を親に受け容れてもらうため、自分の主体性を放棄して、他人が期待するように生きようとする態度を身に付けます。そのため依存的な人生を送るようになり、大人になってからも、自分が生きてゆくために、他人に対する要求や条件が大変多くなります。依存の対象は人に限らず、アルコール依存などの嗜癖(しへき)も身に付けます。そのような心的態度を共依存と呼んでいます。このサイトに「共依存診断テスト」というのがありますから、試しにやってみて下さい。
それを改善するのであれば、もうお母さんのことは構わずに、自分で自立した人生を生きる努力をされることだと思います。自立心を身に付けるには、1人旅や、非日常的なパターン化されない仕事を何でも自分の力でやり遂げることです。私は自立心を身に付けるため、1人登山を繰り返しましたが、そのようなトレーニング方法もあります。
1日も早くお母さんから自立されて下さい。「自立と依存」参照
| 主人のことですが、些細なことで夫婦喧嘩になったとき、自分で自分の頭を壁にぶつけたり、自分自身を傷付けようとします。母子家庭で愛情が不足していたようですが、普段は明るいのでとても想像できない状態です。 |
幼児期に虐待を受けたり、充分な庇護を受けられないような局面に遭遇すると、その人はすべてから見放された状態になって自らの尊厳を失います。そのような人が大人になってから、自分が見捨てられるような局面で、自傷行為をしたり、投げやりな行動を取るといわれています。特に幼児期の母親との関係において、そのような心の傷を受けるようです。対策は心療内科でカウンセリングを受けることですが、奥さんがご主人様を突き放すようなことは避けたほうが良いと思います。自分が何かに守られているという安心感が異常に少ないのです。仏教の阿弥陀信仰やキリスト教の信仰も効果があると思います。
結婚4年で幼児が2人いる私の妻ですが、細かいことに口うるさくて、すねると感情的になっていつも泣き出します。またストレスによる心理障害や体調不良で入退院を繰り返しています。妻の母親もそれに輪をかけて口うるさい人で、結婚式に親戚は来ませんでした。子供が小さいので離婚もできません。
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奥さんの性格を変えるのは大変なことですが、夫婦は長い間生活を共にしますので、少しづつ相手に影響を与えることはできると思います。口うるさい両親に育った子は、受ける愛情が少なく、心の逃げ場が少ないため、心理的障害が多くなります。ですからまず奥さんを責めたり、追い詰めたりしないほうが良いと思います。そしてできるだけ奥さんの現在の態度は受け容れて、奥さんの足りない点はできるだけごご主人様が補うようにされて下さい。特に子供さんの逃げ場を努めて作ってあげたらよいと思います。間違っても奥さんと一緒になって口うるさくしないで下さい。
そのように奥さんに欠けている態度を取り続けることによって、奥さんもそのような態度に少しづつ近付いてくると思います。「似たもの夫婦」といわれる所以です。人間の性格や態度は、そのほとんどが幼少期に親の影響を受けて築かれますから、それを根本的に変えることは難しいと思いますが、配偶者やその両親から受ける影響も、長い間にその人を変える力になると思います。ご主人様の力だけで足りないと思われたら、仏教の阿弥陀信仰やキリスト教のように、見えざる愛に目覚める信仰も効果があるはずです。「自立と依存」参照
| 物心が付いた5歳頃から父に受けてきた性的虐待が、今頃になって私の精神状態を狂わせます。幼稚園の頃は何なのか判らなかったのですが、小学校高学年になってから、何かがおかしいと気付きました。中学の頃は父が憎くて仕方ありませんでしたが、今では自分が汚らわしく、醜く、自分をこの世から消したい想いに駆られてしまいます。おそらくこのままではまともな恋愛も、生活もできないのではないか?といつも不安になります。もう八方塞りで、どうしたらいいか判らないです。 |
辛い思いをされましたね。お父さんから受けた性的虐待については、自分の意思でやったことではありませんから、決して汚らわしいことでも醜いことでもありません。それはほとんどの方が感じることだと思います。ですからご自分で意識して、そのような思いは否定されたほうがよろしいですね。しかし心の傷になってしまっているでしょうから、それを少しでも癒す方法を考えなければなりません。ここに書き込みをされただけで、少しは心の荷が楽になりませんでしょうか?心の傷はそれを人と共有することで、だんだん風化してゆきます。でも信頼できる人でなければなりません。お友達はやめたほうが良いでしょう。目には見えませんが、観音様に何度も何度もお話されては如何でしょうか?それから将来のご主人様には、差し障りのないタイミングでお話をされたほうがよいでしょうね。
お父さんお母さんは、例えどのような方であっても深い縁のある方です。将来良い縁を築くためにも、お2人には尽くされて下さい。お父さんがいつか反省されると良いですね。
不安
| 静岡市に住んでいますが、東海地震が怖くて、死んでしまうのではないかと思って不安です。 |
私は35年前、歴史に残る大地震を直下に経験しました。当時は地震の予測などなかったですから、何の前ぶれもなく突然大地震に出会いました。ですから1ヶ月間の余震以外は、それ以前もそれ以後も、何の不安もなく幸せでしたね。今は地震の予測ができてかえって不幸ではないかと思います。そのため地震が起こるまでの間に、大きなストレスを受けてしまいます。恐らく地震が起きてしまった時の被害より、もっと大きな被害をあらかじめ受けているのではないでしょうか。天災が来た時は天災を受け、死ぬ時になったら死ねば良いと思います。それまでの間、先を憂いで無駄な時間を過ごさないよう、考え方を工夫してみませんか。憂いでも人生、憂いないでも人生です。
不眠、鬱病[うつ病]、神経症
| 社会から強迫観念のようなものを感じ、精神的に緊張して、家族と食事も取れません。安定剤も効きません。 |
自我の自己防衛機能が過剰に働いていると思います。それを治すには、先ず内観法の研修(このサイトを参照)をお勧めします。これは浄土真宗の身調べから転じた心理療法です。次に他人に尽くすことも効果があります。ボランティアでも何でも結構です。見返りや効果を求めずに、他人のために一心不乱に働いてみて下さい。最後に瞑想も効果があります。これらを忍耐強く続ければ、治ると思います。以上の3点セットを大勢でやっているのが宗教団体ですから、宗教嫌いでなければこれに飛び込むのも1案です。
| 体は疲れていても、いろんなことが頭をよぎって緊張や不安で眠れません。本を読んでも集中力はなく気持ちが悪くなります。 |
緊張感をほぐすだけであれば、リラクゼーションの方法がありますし、飲酒、入浴なども効果があります。しかし根本的な不眠の原因を治すには生命力を高めなければなりません。生命力(自律神経系)が弱くなると感覚神経系との拮抗が崩れて、不安になったり、不眠や食欲不振になります。生命力を高めるには、水泳やマラソンや登山のように大きな呼吸をするスポーツをやるのが効果的です。それ以外にも気功、太極拳、呼吸法、読経、歌唱なども効果があると思います。ただし、これらの方法は、忍耐強く長く続けなければ効果が表れません。面倒なことをしないで、即効性を求めるのであれば、睡眠薬を飲めばよいのですが、睡眠薬に依存性すると、それを止められなくなります。
| 自律神経失調症とパニック障害を煩っていますが、最近うつ病になって自殺を考えてしまいます。 |
神経症やうつ病は、経験者でないとなかなか適切なアドバイスができないのですが、以前相談室の回答で「同じ神経症やうつの人にネットでアドバイスをしているうちに、自分の神経症が治った」という例が紹介されていました。その方は、「人を心配しているうちに、自他の区別のない境地になって、それが回復の力になった。」とおっしゃっています。自分の病気を治そうとして自分にこだわるのではなく、他人の病気を治そうとすることによって、結果として自分の病気が治ってしまったということです。恐らく自分を捨てて利他を追及することが、病気の原因解決につながったのではないかと思います。確信はないのですが、この原理であれば仏教の信仰に依っても治すことができるはずです。まだまだ改善策はいくらでも考えられるのではないでしょうか。とは申し上げましても、自分の力で治そうとしない限り、あるいは誰かを頼っている限り、治ることはないと思います。ご自分で主体的に改善策を考え、行動を繰り返して下さい。そうすればきっと治ると思います。
| 私は処女を売春で売りました。うつになって精神科に通いながら風俗店でも働きました。そのせいかどんな好きな人ができても幸福感がありません。薬物による自殺未遂も2回あります。こんな私でも生きる価値があるのでしょうか。 |
人は皆失敗をして初めてそれが誤りであったことを悟ります。ですから取り返しのつかないことはありません。しかしそれには、自分の過ちを錯誤することなく、正しく悔いる必要があります。
あなたの過ちは2つあると思います。1つは売春の動機となったお金に対する欲望です。お金では買えない心があったことを知って、苦しんでいると思います。ですから、先ず金品に対する執着を捨て、これからは心を大切にする人生を送ることだと思います。
2つ目は人間の錯誤です。人間は生きるために、食欲や性欲や恐怖感といった動物の心も備わっていますが、同時に慈悲、叡智、自立といったかけがえのない仏の心も備わっているのです。これまでの片寄った人生経験による人間錯誤が、苦しみの原因になっていると思います。これからは動物の心ではなく、是非仏の心に生きられて下さい。
| 28歳プログラマーですが、自分に自信がなく、街にいても電車に乗っていても職場でも、周囲の人にどう見られているかいつも気になります。社会不適応人間なのではないかと思って、生きているのが辛くなります。 |
コンピュータにのめり込むと外の世界に興味を失って、自意識が小さな自我に集中してしまいます。そのため外の力を過大に感じます。それは自意識過剰か一種の神経症だと思うのですが、もしそのような状態でしたら、先ず人や外の世界に興味を持つことです。そして自分が自分の中ではなく、人の中でものを感ずるように繰り返し繰り返しトレーニングをして下さい。自意識が小さな自分から、全体に広がることによって、人が何をしようと全く気にならなくなります。人助けのボランティアをされるのも効果があると思います。
| 借金癖のある主人と離婚し、再婚した主人と2人の実子がいます。ところが新しい主人も借金癖がひどく、そのため一時治まっていたうつとパニックを再発しました。病院へ行くお金もなく、食べていくのがやっとです。自分を責めて毎日が辛くて、子供に申し訳ない気持ちでいっぱいです。 |
主人様がおられ、可愛いお子さんが2人もおられ、ご飯を食べて生活ができれば、他に何を望まれるのでしょうか?人より裕福な生活でしょうか?もしそうであれば、人間の欲望にはきりがありません。そのままで良いと思えば、辛さはなくなりませんでしょうか。子供にとって、お母さんは皆神様です。一生懸命愛してさえあげれば、子供は他には何もいらないはずです。申し訳ないことなど決してありませんし、自分を責める必要もありません。ご自分の心の荷物を全部降ろしてみませんか。そしてご家族で一緒に生活ができ、おいしいご飯が食べられることに毎日感謝をしながら生活してみて下さい。
| 不眠症で数年精神病院に通っています。眠剤と軽い安定剤を処方され、軽いカウンセリングを受けてもう7年が経過しましたが未だ直りません。薬の影響で生理が数年止まっているので婦人科に相談すると、この薬が原因していて、この薬は飲み続けると30%の確立で脳腫瘍になるとのこと。今服用回数を減らしていますがびくびくする毎日です。 |
健全な心は健全な身体に宿ります。不眠など自律神経系の障害は、生命力が低下している場合に起こりますから、まず身体を鍛えるのが一番効果があります。4Kmほどでけっこうですから、毎日ジョギングをしてみて下さい。最初は辛いですが、半年〜1年くらいで効果が表れます。それ以外にも、水泳や登山でもけっこうです。大きな呼吸を繰り返すスポーツをやられて下さい。歩くことも効果があります。通勤は乗り物を使わずに、できるだけ歩いた方が良いと思います。気功、呼吸法、なども効果はありますので、それらを続けられてもけっこうです。眠剤、安定剤は慢性になりますから、なるべく薬物に依存しないようにしたいですね。
| 私は現在うつ病で自殺願望があります。うつを経験して判ったのですが、煩悩が吹き出て暴走しているようです。で質問なのですが、座禅を行って、このような暴走状態を緩和ないしは止めることは可能でしょうか?それから座禅の解説書を読むと、指導者を求めて座禅会に入門することを勧めていますが、私は仕事の関係上難しいので、とりあえず1人で座禅を組むことは良いのでしょうか? |
うつ病は短期的には投薬ですが、中期的には生命力を高めることが効果があります。一番簡単な方法はトレッキング(歩くこと)です。もっと効果があるのは走ること、山登りをすること、水泳をすること。できるだけ身体を動かして、大きな呼吸を繰り返して下さい。まずは健康な身体作りをすることです。
次に長期的な対策ですが、自分へのこだわりを捨てるため、見返りを求めないで人のために尽くすボランティア活動などを繰り返すのが良いと思います。そして思いやりの心を養われて下さい。勿論仏教の生き方をするのは一番手っ取り早い方法です。内臓の病気があったり、親族先祖に変死者がいれば別途対策が必要です。座禅は即効性がありませんから、今はやらないほうが良いと思います。
性同一性障害
| 自分の性に不満を持つ30代男性です。6年間女性ホルモン注射を打ち続けましたが見た目は変らず、近々中国で性転換手術を受けるつもりでいます。本来の性に逆らうことは不自然ですが、一生男性の体で生きるのは我慢できないのです。手術してまで自分の思いの性に近づくことは許されないのでしょうか? |
仏教の教えとは関係ありませんが、人は輪廻を繰り返す中で、女性に偏った習慣を正すために男性として生まれ、男性に偏った習慣を正すために女性として生まれ、それを振り子のように繰り返しながら、完成した人間に近付いてゆくと言われています。仏の両性具有はそのような意味があると思います。この仮定を是とすれば、あなたに必要なことは、困難を乗り越えながらも身体である男性として生きることが、人生の目的に沿っていると思います。女性の心を乗り越えて、男性にも女性にも偏らない心を目差してゆかれるのが良いと思います。結婚されるのであれば、補完という意味で、逆の悩みを持つ男性的な女性を選ばれるのが良いかも知れません。

病苦
| 難病に苦しんでいます。命には支障ないのですが、薬物の副作用や心労で社会復帰ができません。 |
人間の痛みや苦しみは相対的で、もっと強い苦しみが起こればそれまでの苦しみは消えてしまいます。過去難病を克服してきた人たちの精神力は、それではないかと思います。自ら進んで、病苦よりもっと大きな苦しみや精神的試練に立ち向かっていったのではないでしょうか。
| 不治の病にある父が、私が止めるのも聞かず、家業の重労働を続けています。私に何ができるのでしょうか。 |
人は他人の人生の中にはなかなか入り込むことができません。こうすればもっとよくなると判っていても、本人がそれに気付いて自分で行動しない限り、周りからはどうすることもできないのです。お父さんの場合、あなたにできることは、できるだけ明るく振舞いながら、お父さんを受け容れてあげることではないでしょうか。年を取ると誰しも病気勝ちになって、病気といっしょに生きなければならなくなります。「病気も人生のうち」というのは良く聞きますが、病気と仲良くしながら生きるような心構えを、それとなくお話されたら良いかも知れません。体を壊しながらの仕事は、心配ではありますが、あくまで人生はご本人のものであり、自分の体は自分が一番良く知っている訳ですから、周りから強要はされない方が良いと思います。お父さんもきっと、あなたのような優しい方に見守られている幸せに、いつかは気付かれるのではないでしょうか。
| 私は腎臓を悪くして腎移植をしましたが、その腎臓も機能が低下しています。もちろん子供は産めないので、3年前それを理由でおつき合いを断られたことがあります。それ以来恋愛をするのが恐くなりました。「このままずっと1人生きていくんだな」という孤独感を感じ、悲嘆に暮れてしまいます。 |
お体大変ですね。でも命ってとてもすばらしいものだと思いませんか。私もある手術で、死地から生地へ甦ったことがあります。そのとき私は、自由に野山を駆け巡り、自分のやりたいことをやれることの喜びを心の底から感じました。確かに人間の境遇は様々です。しかしその中で最善を尽くして生きることこそ、命の喜びなのではないでしょうか。
あなたはマザーテレサは寂しい人だったと思いますか。自分が尽くしてきた人たちに囲まれて、どれほど幸せだったことでしょう。人は愛を受けるだけでなく、愛を与えることによっても孤独ではなくなるのです。どうかご自分の生き方を探してみて下さい。
告知と看病
| 友達が末期癌の病床にあります。モルヒネを受けていますが、本人はそれでも直ると信じて頑張っています。ホスピスの先生に「いかに納得して死ぬか」が課題だといわれました。希望を失わずに死を見つめるということはできるのでしょうか。 |
人間の心には本来、過去未来という時間概念がありませんので、死に行く人は死の瞬間まで、生きようとして今ある自分が病気と闘っていると思います。ですから周りの人は、それを助けてあげることが大切なのではないでしょうか。死の本当の意味は、私達が持っている「別れとか敗北とか無に化す」といった概念ではなく、何か大仕事をするといった感じではないかと思うのです。ですから、周りの人が別れや敗北を想定しながら接することは、好ましくないと思います。病気と闘っている人は、死を予想して悲しんでいる看護人を必要としているのではなく、元気で晴れやかで生命力に満ちた看護人を必要としているのではないでしょうか。
ホスピスの先生がおっしゃっている「いかに納得して死ぬか」ということは、「いかに全力で生きるか」ということと同義ではないかと思います。

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